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今の心

可哀想とか同情して欲しいわけじゃなく、今この状況だからこそ感じることもあったので、忘れたくないので、今の自分を記録することにします。

 

何もないのに突然涙が出て来たり、自己否定が止まらなくなったり、今まで出来ていた事が出来ない。

好奇心が無くなって、終わりのないことをずっと考えてるだけの毎日。

 

うつ状態だなー、と思っています。

 

何を食べても美味しく感じないし、お腹が空いているわけでもないのに急に色んなものを食べまくって具合が悪くなる、という状況を繰り返しているんですね。

自分でも何してるんだろと思うんですが、「食べる」という行動をしていると、一時的に苦しい気持ちから意識を逸らすことが出来るんです。

 

摂食障害の方はこういう気持ちなんだろうなあと思ったり。

この行動がやめられないとなると、身体にも負担が掛かるし、本人はきっと辛いですよね。

 

頭ではわかっていることをコントロール出来ないのは辛いこと。

ブレーキの効かなくなった車を運転しているようなことなんだなあと感じました。

 

言ってしまえばブレーキが効かない原因は脳の病気になるんですが、病気にも関わらず周りに非難されるのは辛いものですよね。本人は頭ではわかっているなら尚更です。

 

同じ病気でも、身体の病気に比べて心の病気は理解されにくいものです。

 

目に見えるものはわかりやすいけれど、目に見えないものは想像するしかないので、想像力、理解力、相手を思いやる心が無いと理解されるのは難しいかもしれません。

 

「心が弱いから」「もっと強くなれ」「我慢しろ」「みんな同じ」と言える人は、何を持って普通を計っているんだろうかと疑問です。

 

自分なりの常識や考え方があるのは当然ですが、感じ方や捉え方というのは十人十色ですよね。

目鼻立ち、肌の色、身長、体型はみんな違います。同じ環境に身を置いても、体質や持って生まれたものは違いますよね。

 

目に見える違いは当たり前に理解されますが、目に見えない「心の中」については「みんな同じだろ」とされてしまうんですよね。

 

でも、それも含めて十人十色だし、理解不能な人がいるのも自然なこと。

ただ、自分の何気ない「決めつけ」の一言で、誰かをものすごく追いつめてしまうこともあるんだなあと思いました。

 

「髪の毛が薄い」と悩んでいる人に「気の持ちようだ!」なんて言えないですよね。心の問題に対しても、それは同じなんです。

 

理解されない事が孤独感を育てることは身を以て知っています。

心の病気や問題は、孤独感がそばにいると回復の支障となります。

 

もし、これを読んでくれている方の周りに、何らかの孤独感を感じている人がいるなら「理解を示す」だけで本人は救われることを知ってもらえたら嬉しいな、と思います。

 

自分以外の誰かを理解するのはとても難しいことですよね。

でも、もしその相手が大切な人であれば、理解出来なくても「そうなんだね」と認めて、知ってあげるのは愛情さえあれば出来ることだと思います。

 

感受性が強い人はマイナスな感情にも敏感なので、精神的に病気になってしまいやすいそうです。でもその分、理解しようとしてくれている人もちゃんとわかります。

そういう人がいてくれるだけで、大きな支えになるし、「治そう」「良くしよう」と思えるんです。

 

理解されなかったという悲しさや孤独感があっても、でもそれが私です。。

結局は自分を受け入れて生きるしかありません。

 

汚い感情やダメな部分も「それも含めてあなたでしょ」と言ってくれた友人や周りの人の顔を思い出しながら、そういう人に出会えたことに感謝しながら、今は一日一日を乗り越えて生きようと思っています。

 

落ちている期間が長いので、これから自然に心が元気になっていけるのか、正直不安で仕方ありません。。

 

でも、血のつながっているだけ、何の理解もされない形だけの家族なら私はもういらないです。悲しいけど、これ以上同じ事の繰り返しは自分が耐えられそうにありません。だけどその代わり、肉親的な意味では本格的に一人ぼっちです。

 

それを受け入れるにも、まだまだ時間はかかりそうですが・・・。

自分を抑え続けて、本当に後戻り出来ないくらい精神を病むくらいなら。。

 

理解どころか、敏感な人間だという事を「知って」もらうことすら出来ません。

 

「甘やかされたからだ」「その考え方は異常」と言ってきた兄の言葉が頭から離れません。甘やかされた・・・?頭の中がハテナでいっぱいです。

謝る事を知らない人なので、理解してもらおうとかは思っていませんが、こういう事を言って来る人間が近くにいるのは怖いです。

 

母に関してはどんなに説明しても簡単に忘れ、フラッシュバックの引き金を簡単に引く。母は一番愛されたかった存在だけど、叶わなかった。一番説明したし、わかってもらおうと努力してきた相手でした。

先日「そんなに相手の気持ちを考えられるなら、お母さんたちが悪気ないことだってわかってくれればいいのに」と言われたんですが、いやいやいや・・・・私が傷つくということは考えないんですか・・・?そこは無視ですか・・・?と落胆しました。

どんなに説明してもわからないはずですね。。

 

父は内心は心配してくれているのかもしれませんが、基本的に介入してくることはありません。面倒な事には首を突っ込まないタイプです。多分私は手に負えないんだと思います。

 

子どもの頃から心の拠り所は、飼っていた犬や動物たちだけでした。動物たちがいなければ、もしかしたら「死にたい」「消えたい」という気持ちが勝っていたのかもしれません。

 

家族には感謝していることも沢山あるけど、心がもう限界。

このことを考え出すとどうしても泣けてきます。

諦めきれていない気持ちがあるからでしょうか、それとも悲しい現実を感じているだけなのかはわかりませんが、とにかく悲しくなりますね。。

 

いつか完全に受け入れて、何も感じなくなる日が来るといいな。

 

いつか、もし自分が家族を作ることが出来たら、家族に対しては絶対的な味方になってあげたい。「家族」に憧れは持ててない自分だけど、自分がして欲しかったことをしてあげられるような人になれたら、自分のことも今より受け入れられるのかな、と思ったりします。

 

相性が悪くても、思いやる心や認める気持ちがあれば、こんな悲しい事にはならなかったのかなと思います。

 

ただ、私にとっての事実を書いているだけなので、今はそういう家族を責めたいという気持ちではないんです。

家族側の事を考えてみると、一人だけ相性の悪い自分がそこに生まれてしまって申し訳ないなという気持ちもあります。

 

自分さえいなければ、自分さえこんなに敏感じゃなければ、家族にとって「扱いづらい存在」はいなかったはずなので。

卑屈とか捻くれてるとかじゃなく、単純にそう思うのも事実です。

 

家族からしたら「我慢してない」「わがまま」「甘やかされてる」という存在だったかもしれませんが、私は色んな事を沢山感じて、すごく我慢もしてきました。

でも私を理解出来ない家族に、私のことがわかるわけないんです。

そういうレッテルにももう疲れました。

 

情けないことに、消化しきれない寂しさや感情をブログに吐き出すしか無い自分ですが、一歩でも進む為にこの作業は無駄にならないと信じます。

 

・・・本当に暗いし残念なやつですね^^;

いつかこんな日もあったと思える日が来ますように。