怒りや悲しみの感情を感じきる

「記憶力良いよね」とよく言われるのですが、残念ながら暗記力があるというわけではないです。

 

「あの時こうだった」「こんな表情でこう言われた」という、感情とセットになっている事はすごくよく覚えています。

根に持つタイプでもありますが(笑)、悪いことだけでもなくて、嬉しかった事、感動した事も鮮明に覚えています^^

 

何か失敗をした時、反省したり、後悔したり、落ち込んだりしますよね。

そういう苦い思いをすると「もう同じ失敗はしない!」と思って、次から同じミスってしなくなると思いませんか?

感情が強く残っている事柄をよく覚えているのは、同じ間違いや気持ちを味わいたくないから。危険察知能力が高いとも言えますよね。

 

実際、同じミスを繰り返すことは少ないし、人間関係に於いても同じところでつまずくことはあまり思い当たらないかも・・・。誰かが打ち明けてくれた秘密や地雷なんかも、簡単に忘れたりしないです。

 

自分がこういう人だから、何度も同じことを繰り返してしまったり、大事なことをすぐ忘れるという思考が全く理解出来ません。。

悪意があるか、ちゃんと考えてくれていないかしか想像が出来ないというか・・・。

 

本当に、簡単に忘れてしまうのかもしれないけど。。

されてしまう方はとても悲しいし毎回毎回傷つく。その度に傷も深くなる。もちろん、そういう風な扱いを受けた事は根強く心に刻まれます。

 

こういう気持ちに苦しむくらいなら、簡単に忘れて楽になりたいなって思います。

これはHSPだからかどうかはわからないけど、私は完全に「根に持つタイプ」なので忘れたくてもなかなか忘れられないんですよね。。

 

子どもの頃の悲しい記憶も、昨日の事のように思い出せてしまいます。。

 

アダルトチルドレンインナーチャイルドを癒す為には、嫌な記憶に蓋をするのではなく、思い出してその時に蓋をしてしまった感情を感じきることがとても大切です。

 

悲しい気持ちになるので、気力をすごく使うことになりますが、当時無理矢理蓋をしてしまった気持ちは、大人になってからも事あるごとに顔を出してきますよね。そしてその度にまた蓋をする。

 

これでは、子どもの頃の自分が可哀想ですよね。歳を重ねれば身体は大人になりますが、心は成仏されません。

 

「泣きたかった」「本当はこうして欲しかった」「悲しかった」子どもの頃はうまく説明出来なかった事も、大人になった自分なら代弁してあげることが出来ます。

何も全て思い通りにしたかったわけじゃない、ただ「そうだったんだね」「辛かったね」と抱きしめて欲しかっただけなはずです。

 

そのままの自分を受け止めてもらいたかっただけ。

 

泣いたり怒ったり、感情表現そのものを怒られて押さえつけられてしまうと、大人になってヒリヒリと古傷のように痛んできます。すっかり忘れていた事も、何かの拍子にブワッと溢れて来ることもあります。

 

わかって欲しくて家族に話しても「嫌だったら忘れればいいのに」「全部嫌な思い出だったのか」と言われてしまうので、あえて当時の事を忘れようとしたり、楽しかった方の思い出で塗り替えてしまえないか考えた事もありましたが、全くの逆効果でした。

 

どんどん悲しい気持ちや怒りが湧いて、抑えがきかなくなりました。押さえ込もうとすればするほど、苦しかったです。

 

心の中にずっといる、一人ぼっちの子どもの頃の自分。

否定されるから感覚や感情に蓋をして、こんなに我慢しているのにそれでも「わがまま」「それくらいみんな我慢してる」「自分だけ被害者面するな」と言われ続けてきたこと。

それは悲しいことだし、泣きたいよね、傷ついたよね。

 

それぞれに色んな思いはあったんだと思います。でも、否定や押しつけ、決めつけをしなくても良かったんじゃないかと思っています。

 

家族の考え方は、基本的に人のせいにすることが普通だったんだなと思います。

気に入らない言動をされれば、「なぜそういう事を言ったのか」「なぜそう思ったのか」という相手の事に目を向ける事がまず無かった。でも、それが彼らにとっての普通です。何かにイラついたとき、相手のせいにして言い訳をすれば自分は傷つかないし、きっと楽なんだと思います。

 

でも、私の考え方は家族と違いました。「こんな風に言われるのは私が愛されてないから?」「理不尽な事を言われるのは私がダメな子だから?」と、自分を責める事が一番に来ます。

その後で「だからといってあんな言い方ないんじゃないか」「自分の非を全く認めないのはなんなんだ」というような怒りの感情が湧いてくる。

 

怒りも湧くし、それを家族にぶつけることもしましたが、大前提として「自分がダメだからなのか」という低い自己肯定感があります。

 

でも、自分は無条件で愛されている!このままで大丈夫んだ!と思えて安心出来る場所があれば、過敏さは無くならなくても心は満たされたんじゃないかと思います。

 

「学校に行かないなら出て行け」

不登校気味になった中学時代、両親に言われた言葉です。

 

「学校に行けない自分には価値がないのか」と、衝撃を受けました。

それと同時に、今まで感じて来たものが繋がり「自分は条件付きではないと愛されない存在なんだ」と「やっぱりそうなのか」と妙に納得をしている自分もいました。。

 

こうして思い返すと、芋づる式に色んな記憶が蘇りますね^^;

 

辛い記憶に触れる事になるので、もちろん無理をしない程度にですが、私は悲しい記憶が蘇ってきたら、その時の感情を感じきるようにしています。涙も出ますし、泣きじゃくることもあります。

 

誰もいない家の中でしか出来ませんが、せめて自分だけでも、子どもの頃の自分の味方になってあげたいと思っています。

 

本当は家族に分かって欲しかっただけ。でも、残念ながら分からない人には分からないんです。悲しいけどね。仕方ないことでもあります。

私も、頭ではわかっていてもまだ完全に割り切れてはいません。だけど、徐々に受け入れて行くしかありません。

 

血がつながった家族とは言え、言ってしまえば他の人。赤の他人ではないけれど、他の人間です。

悲しいですね。。こう考えなければ現状を受け入れられない自分も情けないです。

 

アダルトチルドレンに関しては私もまだまだ勉強中です。

感情を感じきることの大切さも、最近ようやく気付いたくらいです。

 

私は悲しい時だけでなく、嬉しくてもよく涙が出る泣き虫野郎なので、スイッチが入ると号泣してしまいますが、泣けない人はもしかするともっと辛いかもしれないですね・・・。

カウンセリングを受けてみると、一人で向き合う時より泣ける事もあるかもしれません。涙を流す事が目的ではありませんが、受け止めてくれる誰かがいるだけでも不完全燃焼だった想いは少しずつ成仏してくれるかもしれませんね。

 

とはいえまだまだ私の心の中のアダルトチルドレンは成仏してくれそうにありません。笑

 

気力を消耗するだけでなく、たくさん涙を流すとその分身体から水分も失われるので、水分補給もお忘れなく^^私はいつもカラカラになります。。

 

今まで押し込めてきてしまった分、大切にしてあげながら付き合っていければいいなと思います。