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非HSPの家族の話

私は今地元を離れて暮らしていますが、実家暮らしをしていた時から非HSPの家族(特に母親)とよくぶつかっていました。。

 

家族は私以外みんな非HSPなので、今となっては理解されなくて当然だと思いますが、だからと言って心の傷は消えないし、尾を引いているのもまた、当然の結果なのかなと思います。

 

母親と兄は似ているので、2人には話しても話しても理解どころか、わざとなのか?と思うほど傷つく事を言われたりします。

 

昔から母親は兄を可愛がってるというか、まあ今は母親からしたら男の子は可愛いんだろうな、と思うのでいいんですが、子どもの頃はそんな事はわからないので、とにかく「母親に愛されたい」という思いが強く、でも思うような愛情は貰えず、慢性的な愛情不足を感じていました。

 

母親はどちらも平等、と言っていましたが、そうじゃなくて微妙な態度の違いというか・・・そういうのは感じていたので。

母親にとったら私は育てにくかったんだろうし、兄は感性も似てるし育てやすかったんでしょうね。それはわかります。

 

だけど、話をしても聞いてもらえなかったり(本当に無意識に聞いていなかったらしい)、例えば私が泣いたりしても、何故泣いているのかを聞かずに母親の気持ちをただぶつけられたり決めつけられたり、分かって欲しくて説明しても面倒くさそうにしていたり・・・諸々の対応で「本当の意味で愛されてない」からこういう扱いを受けるんだなと思ってました。

 

自分ならそういう事は悪意がないとしないだろうし、考えなくてもわかるようなことだから。

HSPが本当にわからないことを知るまでにかなり時間がかかりました。今もまだちょっと理解は難しいですが。。

 

でも、非HSPだからと言ってみんなが鈍感で人に気持ちを押し付ける人ばかりでは無いですよね。感じ方が敏感でなくても、相手の事を考えて行動出来る心優しい人も沢山います。

 

だけど、一番理解して欲しかった家族はそういうタイプではなかった。長年疑問だったことは、たったそれだけのことだったんです。たったそれだけのこと、そう思うのに、心に深い傷は残ったままです。

 

HSPの事を知って行く中で、非HSP親とHSP子の組み合わせが一番悲惨だと知り、こういう思いをしているHSPの人は多いんだなと、安心のような悲しいような気持ちになりました。

 

そもそも繊細に物事を感じない非HSPの家族からしたら、私は「おかしい」のかもしれません。でもそこで理由を話しても聞いてもらえなかったり、「そんなことで」と呆れられたりする中で、自分一人何かが違う、と違和感を感じていました。

 

「こんな自分だから愛されないんだ」「だからちゃんと向き合ってもらえないんだ」と、いつも孤独感を感じていました。

 

でも、家族はなぜ私が孤独感を感じているのかもわからないようです。

私が「捻くれているから」だそうです。全部私のせい。

 

わかってもらえないのに、母親から愛されたいという気持ちは消えてくれず・・・母親とはぶつかり、その度に「愛されたかった」という子どもの頃の気持ちや記憶がフラッシュバックしてしまう。一時的に記憶が無くなったり、息が出来なくなったり、精神的にもどんどん辛くなっていきました。

 

母親も、少しずつではありますが分かろうとしてくれてきていましたが、持って生まれた感覚は変えられず、いつも同じところで繰り返します。

 

一緒に暮らしているとお互いの為に良くなかったので、家を出て正解だったと思います。

 

母親はカッとなると自分の我が止められず、自分はこうだ!というのが勝つそうです。それで余計事態がこじれることになっても、押し付けるやり方は何年経っても変わりません。それで後から後悔して、それでも時間が経つと忘れてしまうそうです。

 

それも私には理解出来ないところで。

 

小さい頃から、話の途中で「もう知らない」と出て行こうとしたり、私を突き放すような事をしていて、その記憶が「見放される恐怖」として強く残っています。

母親はカッとなるタイプで冷静になる為にそういう事をしたのかもしれません。もちろん、本当に見放すつもりは無かったのかもしれません。でも、私はそれが本当に嫌で、怖くて、いつも必死に引き止めていました。それでも母親は結局我を抑えられず、私が倒れたり精神的にダメージを受けていることを目に見えてわからないとやめてくれませんでした。

 

目の前から去られる時の恐怖は、今思い出しても涙が出てきます。

 

そのことも母親には何度も伝えてありますし、それだけは精神的にも身体的にもしんどくなるから辞めて欲しいとお願いしています。

 

でも、カッとなると簡単にその事も「忘れてしまう」そうです。

話をする中で、子どもに、物事の本質というか、図星な事を突かれるのが気に入らないんだと思います。子どものくせに、と生意気に見えるのかもしれません。

 

私にとってはフラッシュバックの引き金になるような重要なことも、母親にとったら「忘れてしまう」ような程度のものなんですよね。

 

ああ、やっぱり愛されてなかったんだな・・・とまた落胆する。

 

正直「わかって欲しい」という気持ちはピーク時に比べるとだいぶ無くなってきました。

でも、言い合いを繰り返す中で、母親なりに昔よりはこちらの話に耳を傾けてくれるようになったり、「そうだったのか」と思ってくれるようにもなりました。

その度に「味方になってあげたい」「ずっと一人で辛かったよね」という言葉を掛けてくれて、救われるような気持ちにもなっていました。

 

だけど結局、同じ事を繰り返される。

 

それならいっそ、期待させないで欲しいと思うんです。

ただ、そういう言葉に期待してしまう自分の弱さも悪いと思います。

アダルトチルドレンってやつですね。

 

分かってくれるかもしれない、という期待と嬉しさと、今まで信じて話してきて良かった、という気持ちが、一瞬で突き落とされる。

何度も繰り返してるのに、我ながら諦めが悪いですね・・・^^;

 

離れたことで関係も良好になると思いきや、たまに会ったりすると結局同じです。

物理的な距離があるから回数が減っただけですね。

 

もちろん、育ててもらったことにはとても感謝しています。

人並みに欲しい物は買ってもらったし、色んなところに連れていってくれたし、行きたいと言った学校にも行かせてくれました。愛情がなければこういう風に育てて貰えなかったはずです。

 

私の両親は世間で言う「毒親」では決してありませんし、私がこんなに敏感で無ければトラウマにもならなかった事ばかりなのかもしれません。

きっと、相性が悪過ぎたんですね。一人だけ違って、疎外感を感じた、それだけです。

 

色々書いてますが、家族を責めたいという気持ちからではありません。

自分の中の「事実」として、感じているだけです。

 

子どもの頃は家族から言われることで、何故?と思いながらも「自分はわがままなんだ」「みんな同じなのに自分だけ我慢が出来ないんだ」「自分はダメなんだ」という気持ちをいつも持っていました。劣等感というか、自分は愛されない人間なんだと、自分を責めてきました。

 

大人になって、他の人の話を聞いたりする中で、親に認められて、話を聞いてもらっている人も沢山いることを知り、「なんでこうしてくれなかったんだ」と怒りが湧いてきて、言い合いの中で沢山家族を責めました。

 

でも、今は本当に責めたいとかじゃなく。相手が認めてくれたり、知ってもらえなければ責め続けたところで虚しいだけだからです。

そもそも、責めたところで状況は変わらないんですよね。。

 

すっかり諦められるような境地に辿り着けるまで、期待する気持ちが無くならない限り、結局は同じところで苦しんでいくんだろうなあと思います。まだ時間はかかりそうですが・・・。

 

全く問題のない親子関係を築ける親子って稀かもしれませんね。多かれ少なかれ、確執を感じる人は多いように思います。特にHSPは感じやすいのかもしれませんね。

 

こんな感じなので、家族との仲はあんまりよろしくありません。今まで感情に蓋をしてきた部分が溢れ出して、怒りが出やすくなってしまっている状況なので、悲しいけど、お互いの為にあまり近づくのはよした方がいいのかもしれませんね。。

 

アダルトチルドレンは自分自身で癒すしかないので、嫌な記憶もちゃんと感じて、その時に出せなかった感情を感じきるのが効果的と言われています。痛いけど、感情に蓋をしてしまう方が可哀想です。子どもの頃の自分が。

 

少しずつ癒されてくれるのを願って、自分と、子どもの頃の自分を大切にしてあげたいと思います。